2010年3月3日水曜日

解析ソフト開発(非鏡面反射)


前回変換したデータをいよいよ反射率に焼き直していきます。

測定で得られた中性子強度を反射率に変換するには、ダイレクトビームとの比ととってあげればOKです。
ただし、飛行時間法を用いた場合は波長によって中性子強度が違いますので、あらかじめダイレクトビーム強度の波長依存性を測定しておき、測定データをこれで割ってあげます。
また、検出器の位置によって反射角が異なりますので、波長だけでなく検出位置も考慮しながらQへと変換していきます。

図が、前回のデータを反射率に変換してQに対する依存性へとプロットし直したものです。
横軸Qzは基板に対して垂直方向の運動量遷移を、縦軸Qxは基板に対して平行方向の運動量遷移を表しています。
この試料はリン脂質の2分子膜が約60Å周期で積層していますので、Qz=0.1Å^-1付近のピークはこの積層周期に対応するBraggピークです(0.2Å^-1付近には2次ピークが見えます)。
中央のオレンジ色のラインは分解能から計算される鏡面反射の領域を表しており、これより内側のデータは鏡面反射の成分だと判別できます。
一方、Braggピークの上下にはこの鏡面反射領域を大きくはみ出した反射成分が観測されており、これは明らかな非鏡面反射であると判断することができます。
縦軸の単位に注目するとÅ^-1ではなくμm^-1となっていることからわかるように、この非鏡面反射は非常に大きな構造を反映しています。

このように、2次元検出器の導入により基板に対して平行方向の面内構造を観測することが可能になりました。
もちろん、鏡面反射の領域を解析すれば今まで通りの積層方向に対する構造観測も可能です。
さらに、横方向にビームを絞ればμmスケールの構造だけでなくnmスケールの構造も観測できるようになります(いわゆる斜入射小角散乱GI-SAS法)。
今の時点でも原理的にGI-SASを行うことはできますが、ビームを絞ることによる中性子強度のロスが大きいため、残念ながらまだトライできていません(J-PARCの中性子源が動いていれば2月に行う予定でした)。
これを回避するために集光ミラーを用いた光学系の開発を行っており、かなり良いところまで来ているのですが、実際の設置はもう少し先になるかと思います。

とにかく、これまで不十分だった解析環境が徐々に整いつつあります。
あとはユーザーインターフェイスをもう少し考えようかといった状態ですが、実はこれが一番大変だったりします。

2010年3月2日火曜日

解析ソフト開発(データ変換)


引き続き、解析ソフトの開発中です。

前回は検出器に入ってくる画像の歪みを補正して正確な検出位置を求めることに成功しましたが、ARISA-IIのように飛行時間法(Time-of-Flight法)を用いて中性子の波長を分別する装置では、さらに中性子が発生してから検出器に入るまでの時間を測定する必要があります(中性子の波長は速度に依存するため、飛行時間から波長を逆算する)。
この飛行時間を測定するための回路は既に検出器システムに組み込んでありますので、あとは位置と飛行時間のデータを読み込んであげて運動量遷移Qに変換し、それに対する反射率の依存性計算すればOKです。

というわけで、まずは位置と飛行時間に対する中性子強度のマッピングができるようにしました。
図はリン脂質(細胞膜の主成分)をシリコン基板に積層した試料からの反射を測定したデータで、横軸が飛行時間(波長に比例)、縦軸が垂直方向(Y軸と定義)の位置に対応していて、中央のスポットがリン脂質の積層周期に対応するBraggピークです。
元々のビームは右上の挿入図のように水平方向(X軸と定義)に広がったビームですが、Y軸での位置が散乱角θに対応していますので、ここではY軸のみに着目します。
Y軸での位置によってピークとなる飛行時間が変化していますが、これはBraggの条件を満たす波長λがθに依存していることに起因しています(λ=2dsinθ: λは飛行時間に依存、θはYに依存、dは膜の積層周期なので定数)。

なお、試料が完全な鏡面であれば、中性子は狭いスポット(グラフで言うと赤色の領域に相当)のみに反射されるはずなのですが、この試料は基板に積層したリン脂質膜に熱揺らぎが生じているため反射ビームが広がっています(いわゆる非鏡面反射)。
逆に言うと、このビームの広がりは試料の面内構造を反映していますので、これを解析することによって、膜の熱揺らぎ等を定量的に解析することができます。

次のステップでは、反射率のQ依存性へと変換していきます。